喰らいつくす鬼 - 2005/03

音楽家「喰らいつくす鬼」の日記
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喰らいつくす鬼
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喰らいつくす鬼マメ情報

SDC所属のミュージシャン。
2005,8,31 メジャーデビュー!!
オリジナルサイトにはテキスト満載。

2005年3月
   
   

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2005年03月31日(Thu)▲ページの先頭へ
つまるところエネルギーの消費方法が論点なのだよ。

レコーディングに行って歌ってただけなのに、やけにお腹が痛くなった。
いつまでたっても痛くって、こりゃ大変だって思った。

そこでTシャツをズボンにいれてお腹に手を当てて温めてたら少しよくなった。

またデブ特有の下からの冷えにやられたようだ。

渋谷の町をお腹をなでなでしながら帰路についたのだが、「TAKAHARA」って背中に書いた青いシャツ着てみょうちくりんな歌を歌ってるやつらにでくわし

「消えちまえこのハンパやろう!」

と言ったか言わないかは想像に任せることにし、夜なのにサングラスかけてるチェケラーとすれ違いざまに2,3発ボコったかどうかは闇の中。

とにかくさ、息が白いんじゃねーかって位冬ライクな寒さの中、しっかりお腹出して歩いている紫外線ギャルをみかけ、大丈夫なのか?ピーピーにならないのか?とオロオロし、お腹がますます痛くなったって話だよ。

2005年03月30日(Wed)▲ページの先頭へ
春夏秋冬を感じるよ

生きてんのかどうか心配だったサクランボが一週間ほど前から変化が起きている。

もともとあったツボミというか芽というか、とにかくそんな感じのものが膨らんで、先端がピンク及び黄緑色しているのだ。

そのうちの一つが昨日割れて、葉っぱが開くようである。

そうかそうか、ちゃんと生きていたんだな。
かわいいやつじゃなあ。

一方、ハンパじゃない成長率と噂のユーカリは相変わらずなんの変化もなく、つまらない。
もう少し暖かくなったら一気にくるのか?




2005年03月28日(Mon)▲ページの先頭へ
キャッチボールした。

お天気の日の日課になりつつある、嫁とスットコドッコイを連れてのお散歩中、友人カップルに遭遇。

「何してんだ?」
と尋ねると
「キャッチボールするんだ。」
と言うので
「じゃあ俺も。」
と言って近くの公園に行った。

キャッチボールなど、何年ぶりか分からないくらい久しぶりの体験であった。

始めの数十球はコントロールが定まらず、あっちゃこっちゃ飛んでいっちゃったが、そのうちカンを取り戻し、なかなかいい球を投げられるようになった。

キャッチボールって気持ちいい。

程よく腕とお腹が筋肉痛になり、嫁なんか
「ダイエットにいい!」
とか言っている。


2005年03月25日(Fri)▲ページの先頭へ
アチョー!

まったく春は雨が多くって嫌だぜ。
昨日なんかでかけようと思ったら振ってきやがってよー。

なんつうかこう、雨なんかにいちいちイラつかずにすむ生活を送りたいもんだぜ。


2005年03月24日(Thu)▲ページの先頭へ
まったくもって勘違いも甚だしい。

庶民のくせにライブドアを応援するってのは非常にナンセンスだと思うよ。

確かにね、やつらのやってることはタテマエ的には法律を犯してるわけじゃないし、アメリカやヨーロッパあたりじゃ当たり前の事をやってるんだろうね。

だから何さ。

それで庶民に何の得があるっていうのさ。

奴らのやってることは、「会社を買う」って言う行為さ。
しかもトンデモない規模で。
とある週刊誌に
「ホリエモン、全部買っちゃえ。」
って見出しがあって、さすが週刊誌、楽しいな。って思ったが、要は庶民の反応ってのはそういうことだろ?
若いやつがたった1代ですべてをひっくり返すような、そんなストーリーを期待してるってわけさ。

で、そうなったら庶民に何の得があるのさ?

庶民の収入よくなるかい?
給料上がるかい?

勘違いしちゃいけないね。

やつらが会社を買うために必要な金、つきつめたらどこからでてるのさ?
庶民からの搾取さ。

やつらの行為は完全能力主義、しかもその能力ってのは「金」って事で、文字通り「金があればなんでもできる」っていう資本主義の仕組みを更に極端化するんさ。

それ自体は別にいいじゃんかって思うか?
庶民が?
金ない庶民が?

金があればなんでもできるってのは、裏返して「金がなければ何にもできない。」ってことさ。

もちろん、やつらと戦ってるジジイどもも、相当なワルさ。
しかしやつらは新手のワルさ。

もっとわかりやすく言ってみようか。

巨大な宝くじと思えばいいさ。

もの凄い大金当たるやつもいる。
そういう奴を見て、なんか痛快で、俺も俺もって宝くじ買うさ。

しかし、肝心の大金ってのはどこからでてる?
その俺も俺もって買ったやつの金だろ?

つまり体よく人から奪っただけにすぎないのさ。

宝くじなら誰にでも平等に機会があるからそれでも良いって言うのかい?
庶民のくせに。

しってるかい?宝くじの1等ってのは1回に300枚以上買ったやつにしか当たってないんだぜ。
基本的には数千枚から数万枚買ったやつにしか当たらない。
つまり金持ってる奴ってのは人数自体少数だが、買う量がハンパじゃねえから、多数である庶民が一人数十枚買ったところで、庶民全体で買った量は宝くじ全体のわずかでしかなくて、確率的にまずあたらないって事さ。

宝くじで一等当てるやつは、当てるべくして当ててるのさ。
金を使ってな。

更にな、宝くじで一番儲けるやつってのは、一等当てた奴じゃないんだぜ。
そんなやつまだ小金持ちさ。

一番儲ける奴、それは宝くじの主催者さ。
自分は宝くじを買う、つまりリスクを犯す事をせず、皆が宝くじを買った金から少しずつ頂戴するのさ。

それがホンモノの搾取さ。

その額は宝くじの1等の何百倍から何千倍にもなるのさ。
なんのリスクもなしに。

金持ちが最終的に目指してるのは宝くじの主催者さ。

庶民は夢を買って、その金を金持ちにくれてやり、金持ちは益々金持ちになるのさ。

庶民の買う夢、それは「金持ちになる」って夢さ。
でも、もうさすがに気づいてるだろ?

庶民は宝くじ買ってても金持ちにはなれないさ。

つまり嘘っぱちの夢を買ってるのさ。

宝くじの規模がでかくなればなるほど、つまり一等の金額がでかくなればなるほど、庶民は益々夢から遠ざかる。

ライブドアが成功すればするほど宝くじの規模は大きくなるって事に気づかなきゃいけないよ。

庶民がライブドアを応援するのは、完全に思うツボだぜ。
悪魔のエサになりたいのかい?






2005年03月16日(Wed)▲ページの先頭へ
【歌詞大研究】青空


※歌詞大研究は、喰らいつくす鬼オリジナルサイト内のコーナーです。


青空

歌 ブルーハーツ
作詞作曲 真島昌利


ブラウン管の向こう側 カッコつけた騎兵隊がインディアンを打ち倒した

ピカピカに光った銃で できれば僕の憂鬱を打ち倒してくれれば良かったのに

神様にワイロを送り 天国へのパスポートをねだるなんて本気なのか

隠している その手を見せてみろよ

生まれたところや皮膚や目の色で 一体この僕の何が分かるというのだろう

運転手さんそのバスに僕も乗っけてくれないか

行き先ならどこでもいい

こんなはずじゃなかっただろ

歴史が僕を問い詰める

まぶしいほど

青い空の真下で

青い空の真下で



--------
研究始め!


すばらしい!
ブルーハーツファンにおいて言わずとしれた大名曲、青空。
もう、しのごの言わずに聴けコラ!と言いたいところだが、しのごの言うのがこのコーナーである。

しのごの言ってみようじゃないか。

作者のマーシーは、黒人解放運動、ベトナム戦争、安保闘争など激動の時代に生まれた。

今よりもずっと社会問題への全体的関心は強く、過激でもあった。

当然当時の音楽もその影響を受け、「プロテストソング」などと呼ばれるような、反体制的、風刺的な音楽も多かった。

時代とともに熱は冷め、ブルーハーツが活躍する頃には平和だとか、差別だとか、そういった大きな社会問題を取り上げるミュージシャンは表舞台にはほとんどいなかった。

ブルーハーツも、テーマにしてきたのはもっぱら「少年の問題」であり、平和な時代に生まれた少年達の悩み、問題を告発し続けたわけである。
それがその時代のセンセーショナルだったのだ。

んがしかし、マーシーが影響を受けたのはおそらく「プロテストソング」などの、もっと大きな問題を取り上げた歌が多かったのだろう。

ブルーハーツの中に、たまにそういう少年少女があまり関心を寄せないテーマを扱う歌が登場する。

この青空なんかはその典型例だ。

んがしかし、時代の興味にマッチしてないテーマを扱ったにも関わらず、多くの少年少女がこの詩に感動し、共感している。

なぜか?

マーシーはただ昔のプロテストソングをそのまま真似たわけでは無かった。

しっかりと時代を見つめ、時代の興味というフィルターを通して、差別を代表する大きな社会テーマを扱った。

プロテストソングを当時の「現代版」にアレンジしたそのテクニックを暴く。

まず初っ端
「ブラウン管の向こう側」

ブラウン管はもちろんテレビの事であるが、「テレビ」という言葉はもうすでに新しい響きはなく、ここで「テレビの中で」とやるよりも、「ブラウン管」と使う事で時代感を当時の「今現在」に持ってきているのだ。

更に「向こう側」という表現にも意味があり、「自分とは関係ないところ」という印象を与える。

つまり、主観はテレビを見ている者であり、扱うテーマはテレビでやっている遠い世界の話という雰囲気を初っ端から作りあげているのである。

遠い世界の話、その一発目が
「インディアンを打ち倒した」
だ。

恐らく西部劇かなにかであろう。
白黒時代くらいの西部劇ではガンマンが倒すザコキャラとしてネイティブアメリカン(インディアン)がよく登場し、悪さをしてはガンマンにやっつけられる。

ここ、ポイントである。

こんな西部劇、この詩の時代よりもずいぶん古い時代に流行ったものだ。
あえてそれをテレビに登場させているのは、マーシーのプロテストソングへの懐古、美意識の現れだと思う。
マーシーは、その美意識が時代とはマッチしてないことを承知していたからこそ、その冒頭で神経質に時代感を設定したのだろう。

そして話はその方向で進むのかと思いきや

「できれば僕の憂鬱を撃ち倒してくれればよかったのに」
とくる。

騎兵隊、インディアンという特徴的な言葉は詩において強力なイメージを持つ言葉になる。
そのイメージに引っ張られすぎないよう、「僕」を持ち出し、ぐっと主観を戻すのだ。
しかも、突然僕は憂鬱なのだ。

僕の憂鬱を打ち倒す事についても意味がある。

騎兵隊はかっこよく、ぴかぴかの銃でインディアンを撃ち殺す。
それは意図もカンタンに行われ、勧善懲悪の誇張であり、単純な問題解決をうたう、強者の理論の典型である。

つまり、「打ち倒す」がやつらの問題解決方法であるが、そんな安易な方法で「僕の憂鬱(この詩がテーマとする問題)」を解決できるものか。
やれるものならやってみろ。
こういった描写を暗に秘めている。
かつ、この一文は聴く者の抱える「少年の憂鬱」とリンクさせ「僕=リスナー(読者)」というイメージを与えているのだ。

この時点で、この詩で描かれる場面が二つに分かれる。

一つはあくまでテーマにそった場面。

「僕=差別を受けている人(あえて黒人の男の子とする。理由後述)」(場面A)
そして、もう一つが

「僕=リスナー(読者)」(場面B)

である。

これ以降、詩中で表現される場面は基本的には前者の、テーマに沿った場面であるが、テーマそのものではなく、「黒人の男の子の憂鬱」として描写する事で、日本でこの歌を聴く少年少女は自分の憂鬱に重なり、「なんか共感」しちゃうのである。


「神様にワイロを送り 天国へのパスポートをねだるなんて本気なのか」

ここからの数行は両方の場面で使える。

差別という大きな問題に苦しむ社会にも、平和ボケの中複雑な憂鬱を抱える社会にも同じように不誠実で自己中心的に出し抜こうとするする者はいるものである。

また、この部分はリスナーの代弁ともとれるのだ。
お説教するのではなく、代弁者となるこの手法はブルーハーツの他の詩でも良く見られ、多くの共感者を得る理由の一つになっている。

そしてこの詩のメインフレーズ、大きな社会テーマと、リスナーの憂鬱を完璧に融合させた一文がやってくる

「生まれたところや皮膚や目の色で 一体この僕の何が分かるというのだろう」

日本でそんな体験した事ある人はほとんどいないだろう。
なのに思いっきり共感する。
言い換えれば、差別を体験する。

それは、自分を理解してもらえないという誰しもが思春期に感ずる窮屈さを代弁しているからで、その気持ちと、差別を受けている人との気持ちを共通に扱っているからだ。

もう少し詳しい説明が必要だ。

安易なプロテストソングの場合、
「生まれたところや皮膚や目の色で差別してはいけない。」
言葉は違えど、こういう客観的視点で表現されてしまう。
それは正論でしかなく、そのメッセージがありふれてしまった当時、なんの意味も成さない。

しかし、
「一体この僕の何が分かるというのだろう。」
と、主観を差別されている者に置き、言わせるセリフはまるで日本にいる思春期の少年少女のようにした事が、このフレーズの見事さであり、説得力の理由なのだ。

このフレーズでバーンとやれちゃった後はもう適当に雰囲気押しでなんだっていい感じなのだが、色々スパイスは効いている。

「運転手さんそのバスに僕も乗っけてくれないか。」

この一文に気が止まる人は少なく、その後に続く

「行き先ならどこでもいい。」

という表現に少年少女の自由への憧れ、青空の下あてもなくという爽快感にいい感じにさせられてしまう。
浮かぶ映像は日本の田園風景の真ん中でゆっくりとバスに揺られる初夏といったところか?

しかし、隠された場面設定、本当の場面設定は違う。

このバスは、黒人解放運動中、キング牧師等の指導者達により提唱され、実行された黒人によるバス不乗運動を比喩する。
当時アメリカのバスは、黒人席、白人席が堂々と別れ、身近な差別の象徴となっていた。
そこで、「そんなバスには乗れるか!」と、黒人の団結力、強い意志表示のため、バスに乗らず、黒人達は歩いて行動をしたのである。
そのへんの話は長くなるのでおいといて。

つまり、「バスに乗っけてくれないか?」とは、「差別をやめてくれないか?」であり、バスに乗る目的は「どこか行きたい場所がある」ではなく、「バスに乗る事(差別がなくなること)」そのものなので、「行き先はどこでもいい」なのである。


続けて
「こんなはずじゃなかっただろ」
「歴史が僕を問い詰める」
とくる。

ここも場面Aと、場面Bを融合させている。
「こんなはずじゃ」とは非常に場面Bの少年が言いそうなセリフであるが、「歴史」が問い詰めてくるのである。
それはもちろん場面Aでの事だ。

差別は大昔から存在し、何度と無く戦いは繰り返された。
その戦い、反省は今活きているのか?
そういう壮大な視点の描写を少年のたった数年の過去を振り返る視点とシンクロさせているのだ。

たった二文字の「歴史」を「幼い僕」とかに置き換えると、それはもう青春パンクなおセンチやろうが大好きなナンパな詩になる。

つまり、たった二文字を変えただけで、一気に大きな場面を吸収してしまったのである。

そしてラスト。

「青い空の真下で」

風景描写の一環であり、この曲を必要以上に暗くさせないための爽やかな表現だ。

んがしかし。

青い空の真下で、歴史が「こんなはずじゃなかっただろ?」と問い詰めてくるのである。
(これ、倒置法ね。)


日本の今も、アメリカの昔も、青い空は共通だ。
青い空は平等の象徴である。
平等の下、差別、憂鬱はなくならないのである。
切なく、そして痛烈な問題提起を突きつけラストを締めくくっているのである。




















2005年03月10日(Thu)▲ページの先頭へ
またしゃぶしゃぶしたのだ。

「今日は100g550円にチャレンジだ!」
と、いつものお肉屋さんに嫁と一緒にスットコドッコイをベビーカーに乗せて張り切って出かけた。

お肉屋さんが
「今日はこの肉がおいしいよ。」
と、280円の確かにうまそうな霜降りを出してくれた。

「こっちの高いのにしようと思ったんですけど、どっちがおいしいですかね。」
と聞くと、商売っ気の全く無いお肉屋さんは
「こっちの方がおいしいかもわかんない。」
と280円の方を指した。

更に
「豚も食べたいんですけど」
と言ったら、180円のお肉を
「これなんかおいしいよ」
と出してくれた。

まったく安上がりである。
霜降りの度が過ぎてヘタに持ち上げるとバラバラになるくらいの牛と、なんともうまそうなピンク色をした豚を今回はポン酢でおいしく頂いたのだ。


2005年03月09日(Wed)▲ページの先頭へ
毎日のようにバイクにのってるとさすがにね。

2年振り位にセンスの悪い白いオートバイに乗った国家の犬に請求書を叩きつけられるハメになった。

「ちゃんと右車線入ってたって!」
と入ってなかったことは重々承知の上で無駄な抵抗をしてみたが、所詮国家の犬に通用するわけも無く、
「反則金の半額をおまえにやるから、見逃す気はねえか?」
と目配せで袖の下作戦を慣行したものの、たかが3000円で国家の犬が国家を裏切るわけも無く、精一杯の侮蔑の目と、いつか俺を捕まえたことを後悔する呪いを浴びせて請求書を頂いた。

全国の交通違反者は厳しく取り締まるべきだが、俺だけは全くの例外にして欲しいのである。
俺が億万長者ならきっと例外なのである。

億万長者ならそもそも100ccのバイクで環七を真ん中の車線から右折したりしないのである。

昨日のミス。

口内炎はビタミン不足が原因でできる事が多い。
ので、口内炎ができてきた時の手っ取り早い対処はビタミン剤を飲む事だ。

不健康を薬でカバーするのは必ずしも良い事ではないが、この処置方のおかげで何年も口内炎にイライラさせられずに済んでいる。

ところが肝心のビタミン剤を切らしていたので、早速薬局に行って買ってきた。

一晩明けて今日。

気づいてみたらしっかり口内炎ができている。
どうした事かとあわてたが、よく思い出してみると、ビタミン剤買ってくるだけ買ってきて飲んでいないというオチだった。

というわけで、今日はイライラしている。

2005年03月07日(Mon)▲ページの先頭へ
来年は満開にして3日で摘んでやる。

去年の写真を見てたら、2月の中ごろに満開になっているうちの梅の盆栽の写真があった。

去年は剪定をせずに伸ばしっぱなしのおかげで大量に花が咲き、あまりに見事なので散るまで摘まずにおいた。

大量に完全に咲かせきっちゃうとエネルギーの使いすぎで次の年咲かなくなるとは聞いていたが、今年、ものの見事に一つもつぼみができていない。

梅の花はつまらない冬の終わりを告げる、とっても癒し系の花なのに、今年は寒々しいったらありゃしない。

2005年03月03日(Thu)▲ページの先頭へ
喰らいつくす鬼のイベントだ。

3/19(土)に目黒30000という小さいクラブでイベントするさ。

これは久々に小ぶりで、ホットなものになりそう。

何年か前にSDCの身内を中心に集まる事を目的とした「一会」というイベントをやったんだけど、その名前をそのまま引き継ぐことにした。

SDCを通した出会い、音楽を通した出会い、喰らいつくす鬼を通した出会い。
ある意味出会い系イベントですよ。

くっだらねー合コン入ってる暇があったらこういう健全で建設的なイベントにやってくるべきだね。

2005年03月02日(Wed)▲ページの先頭へ
まだまだ赤んぼである。

愛想笑いを仕込み続けて早1ヶ月。

なかなか良い笑顔ができるようになった。

これで知らない人からお年玉もらうことも可能だな。
よしよし。
立派な稼ぎ頭になれよ。

2005年03月01日(Tue)▲ページの先頭へ
とりあえず甘くておいしかったよ。

北海道のお土産に「生チョコ」をもらった。

生チョコってのは生な状態のチョコだとずっと思っていた。
しかも生チョコって溶け易いから冷やさなきゃいけないし、「おはやめに」なんていわれちゃうから
「生ものだもんね。腐っちゃうからね。」
なんてボケーっと思っていた。

いやね、俺ってばそんなにバカじゃないと思ってるんですよ。
ちょっと考えればチョコに生もくそもあるかいって事位わかる脳みそは持ってるつもりなんですよ。

しかしたまーにやっちゃうんだなあ。